兄は始め、自分の名前さえわからなかった。
それでも時が経ち、治療が進むと、少しずつ記憶の回復が進んだ。
ただし、私に関する記憶を除いて・・・
いや、客観的に見れば「私」の記憶は戻ったと言えるかもしれない。
だがそれは事実とは異なるものであった。
兄がいる病室、
兄は体調や記憶も順調に回復していることから、退院の日は近かった。
兄が熱を出して倒れた日から、私は毎日のようにお見舞いに来ていた。
「ごめんね、姫音。また来てもらって」
「別に・・・私が来たいと思って来ているだけだから気にしないで・・・」
「でも姫音にはいつもお世話してもらってるからね。今度何かお返ししないと」
「本当に、そんなの、いいから・・・」
「うーん、でも姫音には、いつもご飯とか作ってもらってるし。今度、僕も何か作るよ」
「う、うん・・・」
私は、一度も兄にご飯作ってあげた事は無かった。
いつも兄に作ってもらって、文句ばっかりを言って食べない事もあった・・・
「掃除や洗濯も手伝わないと。姫音にばっかりやってもらったら悪いし」
「うん・・・」
家事も全部、兄に押し付けてばかりだ。
それでも兄は、両親にはいつも私に手伝ってもらっていると嘘をついてくれた・・・
「お金の管理までやってもらってるね。あはは・・・姫音がいないと僕って何もできないな・・・」
「・・・・・・」
私が両親から貰った生活費を、全部使っちゃったから、兄はずっとご飯食べられなくて、それで・・・
それに比べて、今の私はこうやってのうのうと生きてる。
兄にずっと支えられて、守られてきた。でも私は、兄を無視して、苛めて、困らせて、餓死寸前まで追い詰めて、高熱を出させて、記憶まで失わせて、私は生きている!
私は最低だ、何の価値も無いクズだ、ゴミだ、疫病神だ。
生かされてる価値もない、守られる価値もない、私は最低のクズだ・・・!
「姫音? どうしたの? もしかして疲れてる?」
「ううん・・・」
突然、私は兄が寝ているベッドに近づき、兄の手を取った。
そして服の上からでもわかる、自分の大きな乳房に押し付けた。
「えっ、何!? 姫音、どうしたの!?」
『■■■■■■■、■■■■! ■■■! ■■■■■■■■■■■■■■■■!』
慌てる兄、でも私は気にせず、目をつむり、兄の唇に自分のものを合わせようと顔を近づけていった。
「ひ、姫音、ダメだって! 僕たち兄妹じゃないか!」
『■■■■、■■■■■■! ■■■■■? ■■■■■! ■■■■■■■■!』
兄が本当に困っているようだったので、これ以上は止めておいた。
私は持ってきた兄の着替えなどを渡して、病室から出ていくことにした。
「ごめんね。ちょっと私、気が動転しちゃって。また明日も来るからね、お兄ちゃん」
兄の記憶喪失の後遺症、それは私、音羽姫音という人物に関する記憶改変だった。
兄の世話をする義妹、面倒見の良い義妹。
それが兄にとっての「音羽姫音」だ。
人は心的ストレスを受け続けると、心の負担を減らすために「逃避」行動を取る事がある。
兄が創った「音羽姫音」は、最もストレスを受けない人物、または理想の形かもしれない。
当然だが、兄にとって私は重い負担になっていた、しかも記憶を改変してしまうぐらいに。
その事実を知った時、私は自分を殺してやりたいほどの激しい自己嫌悪に襲われた。
兄に謝りたい、でも謝ったら優しい兄はきっと私を許してくれる、こんな最低な私でも・・・だけど、そんなの私が許さない! 私は、私を、一生許してやらないっ!!
・・・だから、私は兄に一度も謝る事はなかった。
代わりに、これからの私の人生を、兄のためだけに使うと決めた。
兄の理想像である「音羽姫音」になるために、甲斐甲斐しく兄のお世話をする。
私の『同調』で兄の欲求を読み取り、何であっても叶えてあげる。
そして今日、先ほどの病室で大きな収穫があった。
それは私の胸を触らされ、キスをしかけられた時の、兄の黒い欲望の『声』。
『姫音のおっぱい、柔らかい! 大きい! このおっぱいで顔を挟まれてみたい!』
『姫音の顔、すごく可愛い! キスするの? キスしたい! 可愛い顔の姫音と!』
・・・か、すごく嬉しかった! 兄もちゃんと私を、女の子として見てくれていたんだ!
これで・・・お兄ちゃんのどす黒い男の欲望も、満たしてあげられるんだ・・・
私はとても救われた気分になった。
これから何でも叶えてあげる、どんなものでも食べさせてあげる。
欲しいモノがあればバイトしてでも買ってあげる、して欲しい事をしてあげる。
どんなエッチな事でも、喜んでお兄ちゃんにしてあげる・・・全部、そう全部してあげる!
お兄ちゃんに彼女が出来て、私がすごく傷ついて、無様に泣いて、心がズタズタに壊れて、最後には、ボロクズのように捨てられるその日まで、私が兄の心の隙間を埋めてあげる。
それまでのお兄ちゃんは、私の居るべき大切な『居場所』だから・・・!
私は、その日からアダルトビデオや、18禁のゲームなどでHな知識を蓄えていった。
また、兄さんのPCを勝手に閲覧し、兄さんの嗜好を見定めていった。
この「兄さん」という呼び方は、兄さんが高校になってハマった、エッチなゲームに出てくる女の子からの呼び名だ。
私の髪型、性格、しゃべり方、声色まで全部、その兄さんが好きなヒロインに合わせた。
これは『ダ・カーポ』の朝倉 音夢(あさくら ねむ)というヒロインだ。
義妹である私にとっては、本当に都合が良かった。
そのヒロインっぽく、兄さんの前では兄さん大好きだけど、ちょっとツンデレに振る舞う。
おそらく兄さんは、SかMかで言ったら、Mだろう。
私はヒロインとしての演技も兼ねて、女の子の嫉妬に関しては兄さんにきつく当たり、ついでにエッチなオシオキを行い、兄さんを苛めて喜ばせてあげる事にした。
正直なところ、今まで酷い目に合わせてきた兄さんをエッチなことでも苛めるのはつらい。
でもやるんだ、それは兄さんが心の底で本当に望んでいる事だから。
それを叶えてあげるために、そう、兄さんが好きだから、愛しているから苛めるんだ。
そして家の中だけじゃない。
外の世界、学校でも兄さんが平和に過ごせるようにする必要があった。
兄さんが通学できるようになる一月前のこと。
私は仲良くしている友人たちの目の前に立っていた。
あのデパートで兄さんを下着物売り場に置き去りにした女子グループだ。
「オッス姫音、お前のアホ兄貴って、もうすぐしたら学校戻ってくるんだっけ?」
「え~っ!? マジであのキモオタ帰ってくんの? 最悪、マジいらねーんですけど」
「だったら今度はアタシらでまた苛めて記憶喪失にでもしてやる? もう一年ぐらい」
「兄さんを苛めるの、止めてもらえる」
「・・・はぁ? 姫音、オマエ何言ってんの? 最初はお前から言い出したんじゃねーか?」
「いいから兄さんを苛めるの、止めて」
「何言ってんだコイツ? 今日のお前、マジ頭おかしいんじゃね?」
「兄さんを苛めないでっ!!」
「おいおい、姫音落ち着けって。別にアタシらだけじゃないだろ、兄を苛めてんのは」
―――ドガっ!!
三人の誰だっただろう・・・?
私は全力でそいつを殴り飛ばした。
「兄さんを苛めるなーっ!!」
授業が始まる前の朝の教室。
一瞬にして喧騒が広がった。
殴って、殴られて、引っ張って、引っ張られて、蹴って、蹴られて・・・
私はまた叫ぶ。
「兄さんを無視するな! 悪口を言うな! 苛めるのを止めろーっ!!」
私は他の誰かに殴りかかっていく。
他のクラスから人が集まってくる。
騒ぎを聞きつけた先生たちが駆けつけてくる。
・・・この後の事はあまり思い出したくない。
ただ一つ、兄さんを無視したり、悪口を言う人がいなくなった事はすごく嬉しかった。
そして時は、現在に至る。
兄さんは昨日、私に一晩中くすぐられて、ぐっすり眠っている。
眠りの間、多分兄さんは、昔の私を夢で見たはずだ。
もしかしたら、私との記憶が完全に戻っているかもしれない・・・
そしたらすごく気まずい・・・もしかしたら兄さんに、軽蔑されるかもしれない・・・
でも時刻は7時30分を過ぎた頃、もう兄さんに起きってもらって、朝ご飯を食べて欲しい時間だ。
兄さんに遅刻をさせないようにするためにも、これ以上寝させるわけにはいかなかった。
私は兄さんの足の裏をくすぐって起こす事にした、多分兄さんがして欲しい事だろう。
「兄さんの足の裏・・・こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ~♪」
「・・・!? ひゃあああああっ!?」
「あっ、起きましたか、兄さん♪ おはようございます」
兄さんが情けない声を上げて起きる。
でも私は努めて、普段の『意地悪な姫音』を演じる。
だから、もうちょっとだけ兄さんをくすぐってあげる事にした。
「ほらほら、兄さん♪ 義妹に無理やり足の裏をくすぐられて起こされるって、どんな気分ですか? ほ~ら、こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ~♪」
そして、私は最後の賭けのつもりで、兄さんに『声』を送ってみた。
『私、兄さんの事、ずっと前から好きでした』
「・・・・・・兄さん、今、私の声が聞こえませんでしたか?」
「・・・えっ、声? もしかして早く起きろって言った?」
ほらね、やっぱり聞こえてない、私ってば、ざまあみろ・・・
私は可愛く怒った顔を作って、兄さんの足の裏を思いっきりくすぐった!
「・・・・・・ぶぶ~っ! 乙女心がわからない人には、オシオキです! ほ~ら、こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ~♪」
あはは・・・まいったな・・・
兄さんは、どこまでいっても私を義妹としか見ないだろう。
それに私が兄さんを好きになる資格もきっとない。
「うふふっ♪ 可愛い義妹に足の裏くすぐられて気持ちよかったですね~♪」
薄暗い気持ちが渦巻いていたが、兄さんの前で暗い表情は決して見せない。
どんなに辛くても兄さんの前では、いつも可愛く笑みを浮かべるようにしてる。
そんな可愛くない私だった。
そして登校時、通学中の生徒が次第に多くなる頃、私と兄さんは並木道を並んで歩く。
朝、兄さんとまともに話さなかった。
兄さんから何を言われるか怖い、きっと私を怨んでいるだろうな。
でもそれは全部私のせいだ・・・
「姫音・・・!」
突然、兄さんに呼ばれる。
「はい。何でしょうか、兄さん?」
私は何とか兄さんに笑顔で返すことができた。
今の私は兄さんから何を言われてもおかしくない。
どんな酷い事を言われたり、命令されたとしても私は兄さんに従うだろう。
ただ、兄さんから捨てられる事だけがすごく怖い・・・
兄さんが真剣な顔で私を見て、口を開く。
「姫音。いつもご飯とか作ってもらってありがとう。今の僕は、姫音のふさわしい人にはなれないかもしれないけど、勉強して、良い大学に入って、就職して、いつかきっと姫音の側にいられるぐらいの立派な大人になるよ」
「・・・・・・あ、あの・・・に、にぃ、兄さん・・・?」
私は一瞬で顔が真っ赤になる、プシューッと顔から蒸気が噴き出した。
バ、バカですかっ!? 朝から公衆の面前で、そんな恥ずかしいこと平然と言うなんて!?
ああ恥ずかしい・・・兄さんと腕を組んで登校するより100倍恥ずかしい!
そしてあろうことか、兄さんに真剣な顔で、プロポーズ並みの告白をされたせいか。
私の胸の鼓動は高まり、頭の中がグルグルと回りだし、正常な思考ができなくなっていた。
反射的に私は『声』を上げて、兄さんに叫んだ!
『朝からこんな公衆の面前で、いきなりそんな恥ずかしい事を・・・!
兄さんの・・・兄さんの、バカーーーっ!!』
・・・あっ、しまった、この『声』じゃあ、兄さんには聞こえないよね。
私はもう少しエレガントに非難しようと言葉を選んでいると・・・
『ごめんね、姫音。今日、今、ここで、姫音に言いたかったからさ』
えっ? 嘘? 兄さんに私の『声』が聞こえたの?
だって、私の『声』って、私を好きになってくれないと聞こえないはずじゃ・・・
まさか、今ここで、兄さんが私の事を・・・
ここで私は、昔、金髪の魔法少女から聞いた話を思い出した。
「でもね、本当にキミの事を好きで、キミもその人の事が好きだったら、キミの『声』をちゃんと受け取ってくれるはずだよ、どうかそれを忘れないでね」
本当に私の事を好きで、私もその人が好きだったら『声』を受け取ってくれる・・・
そして、私が兄さんに、プロポーズ的告白をされてから、『声』を受け取ってくれたってことは・・・
私はその問いに対する答えが、既に分かってきていたが、恥ずかしさのあまり、私はそれを頭の中で言えないでいた。
その代わりに私は兄に向って『呼び』かけた。
『・・・兄さん』
『何かな、姫音?』
『兄さんっ!』
『うん、姫音』
『兄さん! 兄さん! 兄さ~んっ!!』
『ちゃんと聞こえているよ、姫音』
私たちにしか聞こえない、バカみたいな呼応の応酬。
それが私には、たまらなく嬉しかった。
『私、これからもずっと兄さんにご飯作ります。何でもお世話します。兄さんが望む事は、全部私がしてあげますっ!』
『ありがとう姫音。でも、ご飯だったら、たまには僕にも作らせてくれないかな? オムレツも上手くなりたいし、それに他のモノも作れるようになりたいな。良かったら姫音に教えて欲しいかな。あっ、掃除や洗濯は交代制で良い?』
『・・・・・・兄さん・・・やっぱり記憶、戻ってたんですね。・・・私、すごく悪い子でしたよね。兄さんにいっぱい迷惑かけて、困らせて、私、酷い・・・酷かった・・・』
『ううん、僕も姫音を支えてあげられなかったんだよ。僕が記憶を無くす前も、そして記憶を無くして、姫音にあんな事をさせた。結局、僕は姫音を追いつめたんだ』
『ごめんなさい、兄さん。謝っても許される事じゃないと思う。今でもこれから先もずっと私は、私を許せない。だから、追いつめられるぐらいがちょうど良いんです』
『うん、だから僕は、姫音が自分を許せるぐらいの頼れる大人になりたいんだ。姫音がどんな立場でも、いつでも姫音の味方になって、姫音が安心できる『居場所』になりたいんだ。多分、今は無理だけど・・・絶対にあきらめない、頑張る!』
うう・・・っ! すごく恥ずかしいっ!!
どうして兄さんはこんなに恥ずかしいセリフを、堂々と言えるんだろう・・・
いや、心から聞こえる本心だから、余計に恥ずかしいよ~っ!!
でもそのおかげで、私の薄暗い気持ちは完全に消えてしまった。
もう・・・兄さんにはやっぱり敵わないな・・・
本当は兄さんが大好きなはずのに、兄さんへの罪の意識のせいで、いつの間にか、好きにならないといけないって思い込んでしまってたんだ。
相変わらずバカだな、私って・・・そうだ、頑張るのは兄さんじゃなくて私の方だ・・・!
だから私は、覚悟を決めた・・・!!
『兄さん、私は本当にあなたの事を好きになりました。もしも許されるなら・・・、ううん、私、兄さんと一緒に歩ける人になりたい』
『うん、僕も姫音が好きだ。ずっと姫音が僕の隣で居られるように、頑張るよ』
人通りが多くなる通学路の並木道。
私と兄さんは、ずっと「無言」のまま、お互い正面を向いて見つめ合っていた・・・
私の『同調』は好きな人同士が以心伝心になれる魔法、つまり恋人の「テレパシー」だ。
私は兄さんの『義妹』、「シスター」だから、合わせて『同調義妹(テレパシスター)』って言うのかな?
何だがバカっぽいけど、うん、いいかも。
私は、また兄さんに向って『呼び』かけた。
『兄さん、私、兄さんが好き』
『うん、僕も好きだよ。姫音』
『兄さんの事が大好き!』
『僕も大好きだ!』
『兄さんを、愛してる~っ!!』
『僕も姫音を、愛してる!!』
また二人だけのバカな応酬が始まる。
恥ずかしいのに、心がこんなにも軽く、弾む!
生まれて初めて、輝かしい太陽の光を浴びたみたいだった。
そして私は、一歩、二歩と軽くバックステップで下がり、息を深く吸い込み、大声を出して「言って」やった・・・!
「ふ~んだっ! 兄さんの事なんか、全然好きじゃないんだからね~っ!!」
並木道を通学する生徒たちが、いっせいに振り向いてくる。
それを見た私と兄さんは、思わず噴き出してしまう。
ああ・・・どうしてこんなにも、晴れやかな気持ちになれるんだろう。
私の心は、今日の晴天の青空のように、どこまでも澄んでいて、どこまでも飛んで行けそうだった。
ふいに私はあの夢に見た風景を思い出す。
それは緑の草原を歩いていた二人の男女。
それは昔、まだ父と母の仲が良かった頃に連れて行ってもらった美術館で見た一枚の絵。
二人の男女が大草原を抜けて、いくつもの丘を登り、山を越えていく。
けどその先は見えない、いったい何があるんだろう・・・
海? 森? 雪原? また山かな?
もしかしたら、まだ誰も行ったことが無い秘密の洞窟を見つけたりして!
幼い私はそんなことを考えていた。
でも同時に、すごく怖いと思った、
二人はどこまで歩くのか、どんな事が起こるのか、つらくないだろうかと不安になる。
・・・でも、もう大丈夫。
私は、すっと、兄さんの隣に寄り添った。
「兄さんと一緒に歩いて行ける、隣の『居場所』があるから大丈夫です」
「ああ、そうだね。ずっと一緒だ」
私と兄さんは、一緒に並んで同じ並木道を歩きだす。
そしてお互いの顔を見合い、穏やかに微笑み合う。
そう、隣には兄さんがいる。
晴れた陽気な日には歌を歌い草原の道を並んで歩く、
うれしい時には丘の上で和やかに二人微笑み合う。
つらくて苦しい山道では手をぎゅっと握り合って歩き、
山の寒い夜には二人で身を寄せ合って暖めあう。
こうやって一歩ずつ、一歩ずつ、歩いていく、だから例え苦難の道のりでも、過酷な日々があるとしても、きっと大丈夫、でしょ?
「うん、大丈夫。姫音と一緒だからできるんだ」
「ええ、余裕ですよね。兄さん♪」
私と兄さんはぎゅっと手を繋ぐ。
これから一緒に歩いて、一緒に微笑んで、ゆっくりと歩んでいく。
穏やかに齢を重ねていく。
そして、健やかなるときも、病めるときも、
また、喜びのときも、悲しみのときも・・・
「僕は姫音を愛し、姫音の隣にあり続けると誓うよ」
「私も兄さんを愛し、兄さんの隣で歩き続けていくと誓います」
大草原、辺り一面に広がる緑。
その先にあるいくつもの丘といくつもの山を越えていく。
歩く、二人、簡素な旅装束に身を包む二人の男女。
それは大草原を往く旅人夫婦の一枚絵。
彼らのくたびれた服から、いくつもの苦労の跡が見てとれる。
しかし二人の表情はとても穏やかで、お互いに微笑み合い、
そして手を繋ぎながら、どこまでも歩いて行くのだった。
Fin